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今人の想い..moderns..

鬱とヘルニアを発症して目の前が真っ暗になりました
とても、分かる方でないと気持ちが分からないですが、とても辛い脳の病苦です。
でも、日にち薬で少しずつ良くなっていきました
 
最初は外に出るのも怖かったけれど一歩づつ歩めるようになりました

色んな本に出会い、詩人詩村あかねさんに出会い、青いカナリアのなかの(詩をかくひと)とゆう詩に心が打たれました・詩に対する想いがはじけました・・

12月2日 東京生まれ。詩人。朗読家。
第16回詩とメルヘン賞(1990)、現代詩・加美未来賞(2005、2006)、さいたま文芸家協会賞(2005)、白鳥省吾賞(2006、2011、2013)、野田宇太郎賞(2009)/埼玉文学賞(2010) 他。

第一詩集『風が運べないものたちへ』(サンリオ)、私家版詩集 『青いカナリア』 他 。
1997年に渡米した際、米国の読書サービスに触発され「子どもと本の会・MOMO」を立上げる。
また、自作の朗読をはじめ、物語や民話の朗読会を各地で開催。定期で、大人のためのおはなしサロン「うたの樹」を東京都足立区で開催しています。 朗読テキスト執筆や作詞にも挑戦中。

私が詩人になったのは
去年の八月からです..
色んな方に支えられて
ここまで来ました
けして一人ではここまでこれなかったです。妻の支えや息子と娘に支えられて、ツィッターの方々にも大変お世話になりました

小手鞠るい(こでまり るい、1956年3月17日 - )は、日本小説家詩人エッセイスト1982年に刊行された詩集『愛する人にうたいたい』(川滝かおり名義)で、詩人として出発。1995年に 刊行された『玉手箱』で、小説家として再出発。『欲しいのは、あなただけ』『エンキョリレンアイ』シリーズ三部作、『愛を海に還して』『空と海のであう場 所』『別れのあと』『ロング・ウェイ』などの恋愛小説作品で人気を博する。絵本の原作、エッセイ、児童書なども手がけている。代表作は『誰もいない』『九 死一生』『美しい心臓』『アップルソング』など。最新刊はきみの声を聞かせて、曲がり木たち、いつも心の中に、闘う女、森の図書館シリーズなど

 

(優しいライオン)やなせ・たかし先生の贈り物)小手鞠さんのアンパンマンの産みの親、やなせ・たかし先生との、出会いから、詩に対する想い、小手鞠さんのサクセスストーリーもあり、人生がこんなにも辛くでも、楽しいものだと言うことがわかりました。大変素敵な本達を買ってくれた妻に感謝しています。

金子 みすゞ(かねこ みすず、1903年明治36年)4月11日 - 1930年昭和5年)3月10日)は、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本童謡詩人。本名、金子 テル(かねこ テル)。

大正末期から昭和初期にかけて、26歳の若さでこの世を去るまでに500余編もの詩を綴ったとされる。1923年大正12年)9月に『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』の4誌に一斉に詩が掲載され、西條八十からは「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛された。

茨木 のり子(いばらぎ のりこ、本姓・三浦(みうら)、1926年大正15年)6月12日 - 2006年平成18年)2月17日)は、『櫂 (同人誌)』を創刊し、戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人にして童話作家エッセイスト脚本家である。

戦中・戦後の社会を感情的側面から清新的に描いた叙情詩を多数創作した。主な詩集に『鎮魂歌』、『自分の感受性くらい』、『見えない配達夫』などがある。

「わたしが一番きれいだったとき」は多数の国語教科書に掲載され、彼女の最も有名な詩のうちの1つである。

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